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Orbie オロビエ
「バラの香りの小さな村」

ブレンバーナ渓谷にある アヴェララ村レディーヴォに、バイエルンの化粧品会社によるハーブ園がある。忘れられた山間の土地は、オーガニックガーデンとして見事に蘇った。

イエルン出身の詩人であり科学者、パラケルススの礼賛者で、著名なヘルマン・ヘッセ、ルドルフ・シュタイナー、ステファン・ツヴァイクといった知識人達の友人であったアレクサンダー・フォン・ベルヌス男爵。彼がドイツ、ドナウヴェルトにおいて生涯研究を続けた錬金術と植物学の成果が、コルナ・グランデにあるファイーノ山裾野にあるアルプスのオロビエ、ベルガマスケ地区のこの一角の再開発に貢献することになるとは、想像もしていなかったであろう。そして、 1930年代のベルリンで活躍した女優であり、彼の妻のイーサ男爵夫人も、ブレンバーナ渓谷の森の中で、化粧品を作るのに必要不可欠な全ての薬草をここで発見することになろうとは、夢にも思わなかったであろう。しかしながら、今日アヴェララ近郊レディーヴォにある農園は、ある意味彼らの貴族的な夢の結実と言える。その事実は限られた人にしか知られていないとはいえ。というのも、農園はその由来よりも、鬱蒼と生い茂ったメリッサの茂み、ローザ・ガリカ(フランス・ローズ)とセイヨウサンザシの優美な花々、木造の塔を囲むバラの美しいつる棚で知られているからだ。約1万2千平方メートルの素晴らしいガーデンでは、花は単なる装飾ではなく、「フォン・ベルヌス男爵の処方による薬と化粧品製造の為に使用されるハーブと植物の有機栽培計画」において、山の自然保護と地域住民の経済的必要性の両方を満たしている。賢明なる伝統の復活の形としても注目するに値する事例であろう。

ヴェララに起きていたことは、他のベルガモ近郊の渓谷と山を苦しめている問題と同じである。華やかな時代は何世紀も前に終わりを告げた。ミラノ公国、ヴェネツィア共和国、グリジョーニとの境界で主要な戦略的地点であったバスケニス、グエリノーニ、シィピオーニなどの集落に、もはや貿易商たちは来なくなり、職人の活動も急速に衰退して、次第に経済的活気が失われていった。

後、山は打ち捨てられてきた。アヴェララはもともと、歴史的、芸術的史跡に恵まれた街道であるはずなのだが、明確な産業的使命を失ってしまったのである。そして、約15年程前に、レディーヴォにおける有機栽培が導入された。これは、1960年代にドイツに移住し、フォン・ベルヌス男爵の処方に最初に魅了されたアヴェララ出身のジャーナリスト、マリオ・ラッツェローニによるものであった。

ウグスブルグ近郊のドナウヴェルトにあるバイエルン式宮殿の中で、男爵夫人はドイツの薬局で70年以上も前から販売されている手作りの薬に関する「秘密」をラッツェローニに打ち明けた。その薬は、野生の薬草から製造されるものであった。彼はすぐに故郷に思いを馳せた。「この目的のためにアヴェララの森の天然資源を活用しない手は無いだろう」。これは、全くとっぴな発想というわけでは無かった。長年にわたってブレンバーナの山々の斜面では、専門知識のある女性達が、独特の効用のある100種類ほどの草を収穫してきた。

1767年には、ジョバンニ・タルジョーニ・トッツェッティが、戦争や飢饉の場合に代用食となる食料研究を意味する「アリムルジア」(Alimurgia)という言葉を提唱。さらに1903年にはピエロ・ジャコメッリが論文「ブレンバーナ渓谷の食用及び薬用使用のハーブ」において、その使用法をより詳細に記載した。例えば、「ヴィアロル」(切り刻んだハーブを主体に卵、バター、チーズと共に調理したスープの一種)は、血液浄化作用があるとされる。イタリア語でトッスィラジネと呼ばれる「フキタンポポ」の浸出液を浸した湿布は便秘と各種の裂傷に用いられる。「クマコケモモ」と呼ばれる草、もしくは「多毛シャクナゲ」の葉を煎じたものは、腎疝痛とその他の障害の問題に対しての特効薬と考えられている。

代医学による薬が無かった昔から、ハーブと野生果実に関する研究は続けられてきた。男爵の処方は、特に原料の品質と純粋さに基準を置いたもので、今回その適合性が試されることとなったが、その結果はアヴェララの植物はフォン・ベルヌス男爵の薬の原料として理想的であるという、エキサイティングなものであった。専門家によれば、「地域の気候のおかげ」で「このオロビエ・アルプスの一角の標高、気温の変動、湿度などにより、他の渓谷にはめったに見られない多くの植物が育成している」という。こうした調査を経てこの計画は実行に移されることとなった。

い小屋を手入れして、蒸留器具、容器、水槽、粉砕や乾燥のための道具等、薬草の加工のための装置を購入した。昔は放牧された数頭の乳牛と古い家畜小屋しかなかった所に、洗練された薬草エキス製造所がある。しかし、美しい丘の景観は昔と変わらぬままである。

イエルンの化粧品メーカーの原料供給源であるこの農園と製造所で行われていることは、昔の農家にとっては当たり前のことに過ぎない。今日、有機栽培と呼ばれる一定の規則に従った製造方法が、ここでは厳格に遵守されている。具体的にいうと、除草剤や化学肥料は使わず、ミネラル類と天然肥料のみを使い、人間のために「有益な植物種」の原理に近づけた栽培。そして、自然の周期を尊重した野生ハーブの収穫である。山の源泉から湧き出た水は、自然界にある金属に触れて更に豊かさを増すとされ、マロニエの大木の幹を7段にくりぬき、そこにそれぞれ違う種類の金属が巡らされた装置を通ってから水路へと流れていく。カバの木やその他の樹木も、注意深くこの水路に沿って植えられた。

立から14年目。農園は拡張され、今日では栽培面積が1万2千平方メートルになっている。訪問するなら春が最高だ。空気には様々な繊細な香りが含まれ、シャクヤクの鮮やかな赤、ローザ・ガリカ(フランス・ローズ)の淡い色彩、モミの木の緑色、パレスチナから渡来したチョウセンアザミの紫色の開花と、丘一帯はアルプス特有の植物と渡来植物が入り混じり、華やかな色彩のパレットと化す。山頂にある巨大な栗の木は、まるで訪問者がパノラマを楽しむためにその繁茂した葉の下へと誘っているかのようだ。ここ数十年間の変貌にもかかわらず、アヴェララの上にあるサンタ・ブリジダとクスィオは、ディスナー山、クスィオ峰、アヴァーロ平野のスカイラインを背景にして、豊かに植物が茂った規模を保ったままで、隊商や鉱業の盛んだった時代を彷彿とさせ、我々を魅了して止まない。特に15世紀から17世紀までの鉄鉱石の採掘が渓谷の交通を盛んにしていた頃を彷彿とさせられる。アヴェララ周辺の山々のいたる所にパン屋、鍛冶屋工房が点在していた。

て、有機栽培の「庭」、ランビキ、ハーブの濃縮エキスを見学した後は、当然他の場所を見る事になる。この辺には見るべき物が実に多い。何キロも移動しなくても、農園の近くには、一見の価値のある2つの建物がある。比類の無い建築物、ヴェネト州の昔の「税関」と、山岳地帯の渓谷の村々で崇拝される聖パンタレオーネに捧げられた教会である。

人の名声は殉教のみによるものではない。幾つかの絵の中で片手に薬箱、もう片方にメスを持っていることが証明しているように、パンタレオーネは医者でもあった。彼の出身地で行われる薬用植物の伝統の再生は、祝福に満ちた試みであるに違いない。

■『orobie』2001年6月号より

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